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ライカIIIa型

ライカIIIa型
販売期間 1935-1950
マウント形式 スクリューマウント(Lマウント)
シャッタースピード Z(B)、1、1/2、1/4、1/8、1/20、1/30、1/40、1/60、1/100、1/200、1/500、1/1000
シャッター形式 布幕横走りフォーカルプレンシャッター
シンクロ接点 なし
フィルム巻戻し ノブ式
Ⅲ型に、最高速1/1000秒のシャッタースピードを搭載させたモデル「Ⅲa型」。当時、コンタックスが1/1000秒というシャッタースピードをもつカメラを発表したのを受け、当時のライカユーザーに再び優位性を感じてもらうことを目的として発売されたとも言われている。Ⅲa型には「Montè en sarre」と告示されているものがあるが、これは「Ⅲaモンテザール」と呼ばれ、非常に稀少であり、コレクターズアイテムの一つである。

1932年に出現した、コンタックスのもつ1/1000秒というシャッタースピードは、「最高級のカメラをもっている」と自負していたライカ愛好家の自尊心を大いに傷つけた(日本ではライカ・コンタックス論争と呼ばれる誹謗中傷合戦も起きた程である)。そこで、ライツ社はライカユーザーの要望に応え、1935年、従来のⅢ型に1/1000の最高速シャッターを加えたⅢa型を発売する。

Ⅲa型は最高速シャッター以外にも、いくつかの点が改良されている。その第一は、低速ダイヤルにクリックストップ機構が付けられたことである。クリックストップとは、一定の目盛りごとにカチッと音を立てて止まる仕掛けのことである。Ⅲ型の低速ダイヤルはフリーなため、1/20秒での撮影中に何かが低速ダイヤルに触れてしまうと、低速ダイヤル側の切り替え点1/20がずれて、スロー露出が行われる恐れがあった。

二つ目は、Uバネと呼ばれるシャッターブレーキの装着である。これにより、シャッター作動時のショックを防止することに成功するのだが、この機構はⅢa型だけでなく、これ以降に作られたスタンダード型やⅡ型、Ⅲ型にも採用された。

Ⅲa型は1935年から戦後の1950年にかけてNo.156201~357186の間で総計92,687台が製造された(途中、Ⅲb型やⅢc型の登場後も並行して生産されている)。

Ⅲa型は15年の長期にわたり、ダイカスト工法(金型鋳造法の一つ。金型に溶融した金属を圧入することで、高い寸法精度の鋳物を短時間で大量に生産する鋳造方式。ダイキャストとも)に頼らない板金ボディのライカとしては最も生産台数が多く、究極の板金ボディ・ライカとも言われている。

このⅢa型は、ビューファインダーの対物窓の外枠の形状により、「流れ窓」と呼ばれるものと、「角窓」と呼ばれるものがある。また、仕上げは大半がクローム仕上げだが、1935年に800台が「ライカⅢaブラック」と呼ばれる黒塗り仕様で生産された(ただし、それらのほとんどはイギリスとアメリカに輸出された)。

一方、Ⅲa型は「250型(アメリカでは通称「GG」。長さ10m、250枚分のフィルムを収容するマガジン室のあるモデル。ダブルマガジンで巻き戻しの必要がない)」「モータードライブ250型(Ⅲaベースの250型に、ゼンマイ式巻き上げ装置ライカモーター、及び、Ⅲcにて採用されたャッターベアリングを搭載したモデル)」と2つの250型のベースになっており、その他、「Ⅲaドイツ海軍用」と呼ばれるモデル、「Ⅲaモンテザール」と呼ばれるモデルがある。

この「Ⅲaドイツ海軍用」と「Ⅲaモンテザール」は希少品であり、それゆえ高値で取引されている。「Ⅲaドイツ海軍用」は通称「マリーン・ライカ」とも呼ばれ、ドイツ帝国のシンボル「鷲」とナチスの「鉤十字」が刻印されている。「Ⅲaモンテザール」は、「Montè en sarre(ザール製)」と軍艦部上面に小さく刻印されたモデルである。1949年から1951年にかけて、当時、フランスの占領管理下にあった西ドイツ・ザール地区でごくわずかな数のみ生産された。

ところで、なぜザール地区でライカが生産されたのだろうか。

その理由は、当時のフランスは完成品のカメラの輸入には高率の関税をかけていたからである。そのため、フランスの有力ライカ代理店「S・Tiranty」の要請により、ライカを関税がかからない部品としてフランス占領地域に持ち込み、そこで組み立てを行った。その場所が、ザール地方の小都市St.IngbertにあるSaropticoと呼ばれる小光学機器工場で、そこにはウェツラー本社から監督(Walter Kluck;後にカナダ・ライツ社に転出)が派遣され、戦後残存していたⅢa型の部品を使用して組み立てを行い、フランス国内と当時のフランス植民地・アルジェリアで販売された。

シリアルナンバーは板金ボディ・ライカ用の予備ナンバーから、No.359000~359504が割り当てられ、前半では戦後Ⅲc型やⅡc型で一時期使用された縦シボ(シャークスキン)の合成皮革張りで、No.359100台前後のある程度の台数が、ライツ社が旧型ライカをⅢaシンクロ型に改良するときに使用したⅢf型タイプの軍艦部を使用したシンクロ付ボディである。後半では、Ⅲa型用の巻き上げノブの在庫がなくなり、Ⅲf型で使用されたフィルム・インジゲーターが上面に付いたノブの利用が確認されている。

このⅢa型が発売された1935年は、四つの新しいレンズが発表されている。
超広角の「ヘクトール28mmF6.3」、ソフトフォーカスレンズ「タンバール90mmF2.2」、望遠レンズ「テリート200mmF4.5」、ゾーンフォーカス式の「エルマー35mmF4.5」。そして、1936年には超高速鏡玉と銘打って、「クセノン50mmF1.5」を、その翌年の1937年には、超望遠レンズ「テリート400mmF5」を発売し、これにより、ライカは28mmから400mmまでの9種類の焦点距離を持つ13種のレンズを揃えるに至り、ライカはあらゆるシーンでの撮影に対応できるようになった。

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